映画「君が世界のはじまり」オンライン試写会

【ふとしたことで一線を超えてしまうかもしれない危うい青春。踏ん張って想像してみよう】

filmarksさんのオンライン試写会で鑑賞。 

「君が世界のはじまり」というタイトル。まずは、「君」とは誰のことを指すのか、誰の世界のはじまりなのか…ということが気になりますよね。タイトルが最後に出てくるタイプの映画でしたが、そこで初めて英語タイトルを見ました。英語タイトルを見れば、「まあ、そういうことだよね」と納得です。


舞台は大阪の郊外の街。冒頭、子どもが父親を刺し殺すという事件が起きる。一転、ある高校に通う、縁・琴子・純の女子生徒3人と岡田・業平・伊尾の男子生徒3人を軸に、彼らの家庭環境、恋愛事情をめぐる物語が展開されていく。

ということで、メインキャストの誰かが冒頭の事件を起こすのか?ということに思いを巡らせながら、物語は展開していきます。

本作は、監督であるふくだももこさんの原作小説「えん」「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」の2作を再構築したとのこと。裕福で成績も抜群の縁と、縁の幼馴染みのヤンキー系恋多き少女である琴子、縁に想いを寄せるサッカー部のモテ男岡田、同じくサッカー部で琴子が思いを寄せる業平が「えん」組、母親が蒸発し父親と2人暮らしの純と東京から転校してきて大阪に馴染めない伊尾が「ブルーハーツ…」組ということでしょう。

松本穂香主演の映画ではあるのですが、6人がそれぞれ主人公といってもいいかもしれません。特に女性3人は、キャラクターも分かれていて、それぞれ魅力的です。それに比べると、男性陣は彼女たちを引き立てるためか、ちょっと引いた感じに演出されているように見えます。私が男性目線で見ているからかもしれませんが。

業平と純の家庭は母親不在、それぞれ別の事情で父親との関係は難しくなっている。伊尾もまた、父親がいない方がうまくいくと思っているかもしれない。誰が冒頭の殺人犯になってもおかしくはない。両親に恵まれているように見える縁も、どこか危うげ。父親不在の琴子は何をしでかすか分からない。岡田は、背景が見えないだけに実のところ何を考えているか分からない。

いったいどうなるのかと思いつつ見ていくと、ある場面からの展開は、まるで「ブレックファスト・クラブ」のようにも見えました。ちゃんと、ブレックファスト・クラブでいう用務員さん的な人物もいたりします。彼らの中にはスクールカーストというよりは、もっとアメーバ状のくっついては離れての複雑な人間関係があるように見えますが、やはり、それぞれ抱えているものがあって、それは、ちょっとやそっとでは表には出てこないのでしょう。 

本作の舞台の一つに、ショッピングモールがあります。都市郊外にある、ありふれた風景。どこにでもいるような家族が集まる場所。そこを行きかう人々が「気が狂いそう」というギリギリの状況だなんて、誰も思っていない。いや、すれ違った家族が誰かなんてことに想いをめぐらせることもないでしょう。そのショッピングモールが寂れて閉店してまうとき、そんなギリギリの思いが溢れ出てしまうのでしょう。

私たちは、誰かが抱えているものの本当の本当のところを知ることはできないけれど、表面的にではなく心から誰かに「がんばれ!」と声をかけるならば、やはり、その前に相手のことを想像するのだろうと思います。

想像して、想像して、その結果出てきたものが、この作品なのではないでしょうか。

とはいえ、彼女たちと同世代の子どもを持っている私からすると、ついつい父親側に注目して見てしまいます。琴子の家庭の食卓には、いつも花が飾られています。父親としては、母親のいない食卓を少しでも暖かく、穏やかなものにしたいのでしょう。母親がいなくなったことで、少しでも娘につらい思いをさせたくないのでしょう。でも、それは琴子にとっては、「母親がいなくてもちゃんとした食卓があるならば、母親が帰る場所はない」ということになってしまいます。あぁ、切ない。