映画「さかなのこ」

【ある意味「フォレスト・ガンプ 一魚一会」】

とにかく、魚のことが大好きで、日々魚のことを調べて、絵を描き、週末は水族館に行き、料理を食べて…を繰り返している小学生ミー坊。父親が心配する一方、母親は自由に好きなことに取り組むよう応援している。高校生になっても相変わらずで、不良たちとも魚を通して仲が良くなってしまうが、社会に出て、いざ、好きな魚を仕事にしようとすると、なかなかうまくいかなくて…という物語。

公開開始から時間が経っていましたが、劇場はファミリー客でいっぱいでした。

さかなクンをモデルにしたミー坊を、能年玲奈(のん)が演じるということで注目されていますが、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音…と、いい役者陣が脇を固めているところにも期待です。

ミー坊の少年時代を演じるのも女の子です。最初は、さかなクンを女の子に置き換えた話なのかとも思っていましたが、同じクラスのモモコと仲がいいことをクラスメイトに囃し立てられるということで、やはり男の子のようです。これが「ミー坊は、男の子ですからね」という設定の説明になっています。親切な導入ですね。

なんとなく、「フォレスト・ガンプ」を思い浮かべながら見ていました。母親の存在が大きいのも、共通しています。そういえば、この作品の原作が「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!」で、フォレスト・ガンプの邦題は「フォレスト・ガンプ 一期一会」でした。「一期一会」とは、つまり、自分を貫いて人生を送ってきたけど、自分ひとりで生きてきたわけではないという意味合いを含んでいるのでしょう。もちろん、周囲の人間に「この人を手助けしたい」と思わせるのは、本人の魅力ではあります。

想像していたのと違ったのは、さかなクン本人が出演している部分。カメオ出演的なものだと思っていましたが、かなりがっつりと出ています。しかも「ギョギョおじさん」ということで、ほぼ本人役です。

本人がほぼ本人として出てくるのですから、本作は、さかなクンの生い立ちをベースにしながら、物語としては、かなりフィクション度は高いのでしょう。さかなクンの物語ではなく、あくまでも「ミー坊の物語」ということなのではないでしょうか。

そして、「ギョギョおじさん」とは、さかなクンになれなかった、別次元のミー坊とも考えられます。変人が変人として社会に適応できなかった世界で、大人になってしまったミー坊なのではないでしょうか。

高校時代からTVチャンピオンで注目され、そのまま魚好きタレント、イラストレーター、東洋海洋大学名誉博士として活躍しているようなイメージだったので、好きな魚を仕事にしようと苦戦している姿は意外でした。よく考えてみると、小さい頃から「ミー坊新聞」で、自分が好きな魚のことをみんなに伝えるということをやっていたのですから、実は、それが、そのまま後の仕事につながっていたんですね。

全部を見せない演出もいいと思いました。特に、幼馴染のヒヨと、その彼女との食事会シーン。ミー坊をバカにするような態度の彼女に、きっとヒヨは注意したのでしょう。でも、そのシーンは入れずに、いきなり怒って帰る彼女のシーンに飛びます。想像で十分理解できます。

気になったのは、父親の存在です。ミー坊の育て方について夫婦で意見が合わず、衝突するシーンがあって、そのうえで、その存在がすっと消えてしまいます。作品の中では、離婚かどうかは分かりませんが、少なくとも別居はしているように見えました。

では、父親が完全に悪者なのかというと、そうではありません。さかなクンの特性として、生き物としての魚が大好きというだけでなく、食べ物としての魚も好きで、ちゃんと食べるということがあると思います。なかなか衝撃的な父親とタコのシーンがあったうえで、後からミー坊がアジを〆ることに不良たちがビビるシーンが出てきます。この2つのシーンは重なります。父親の影響もゼロではなかったのだろうと感じました。

この作品は、自分の好きを貫く、次世代の「さかなクン」に出てきてほしいという思いで作られているのではないでしょうか。ミー坊は次のさかなクンのひとりなのだと思います。そして、ストーリーとしては、さらにそれが続いていくということも期待されるような展開になっていました。

冒頭で出てくる「男か女かはどっちでもいい」は、もちろん、主役の能年玲奈のことではあるのですが、次世代の「さかなクン」も、「男か女かはどっちでもいい」ということなのではないでしょうか。もし、さかなクンが女の子だったら、今の日本では、本人以上に「もっと普通に」と言われたことでしょう。さかなクンという「個人」の物語ではなく、もう少し普遍的に、何かが好きな子どもが、その「好き」で人生を貫くことを描くためにも、能年玲奈を主役に据えた意味があったと言えます。

実際、劇場には女の子もたくさん観に来ていましたから。