映画「サバカン SABAKAN」

【「またね」は別れの言葉じゃなくて】

ゴーストライターで食いつないでいる売れない作家・久田には、小学生の頃の忘れられない思い出があった。クラスには、家庭の事情で同級生から孤立していた竹本という少年がいた。彼に半ば強制的に誘われ、ブーメラン島に来ていると噂のイルカを探しに、1台の自転車でひと夏の冒険の旅に出ることになったのだが…という物語。

冒険に行く前に、久田(久ちゃん)が自宅で観ていたアニメは、手塚治虫の「海のトリトン」ですね。漁村で育った少年が、イルカのルカーとともに、冒険の旅に出る物語。後のロープの話にもつながりますし、確かに、夏休みの再放送っぽいチョイスです。私の時代だと、妖怪人間ベムやデビルマンなど、しょっちゅう再放送していたような気がします。

今よりも、もう少し夏の暑さが穏やかだった時代です。夏休みのアニメ再放送、ガチャガチャ、キン消し、斉藤由貴、AXIA、メタルテープ…、1971年生まれの私は彼らより少し上の世代ですが、もちろん、経験してきた時代です。私の時代は、スーパーカー消しゴムで、テープはマクセルのUDだったかな。XLⅡは高かった。

彼らのような大人には内緒の旅ではありませんが、私も、隣りの市で化石を発掘していると聞いて、クラスメイトと2人で自転車で見に行ったことがありました。結局、どこでやっているのかよく分からず、たどり着けませんでしたが…。

前半、ブーメラン島への旅は、スタンド・バイ・ミーですね。少年たちのひと夏の冒険ということだけでなく、主人公が後に作家になるという点、不良たちの噂話が旅の基点になっているという点など、共通点は多いです。違うところは、少年の人数と、大人たちが軒並みいい人(ヤンキーに絡まれたりするけど)というところでしょうか。

久ちゃんの父親は、しょっちゅう妻とケンカするけど、夫婦仲は良く、いつもキン〇マを掻いては怒られて、でも、息子にとって大切なことを見極めて、ちゃんと必要なときに必要なアシストをする。そりゃあ、妻も惚れるわ。この竹原ピストルと尾野真千子の夫婦が、いかにも昭和後期の田舎の夫婦という感じで、とてもいいです。

そして、ミカン畑のじいさんのような、ヤンチャなクソガキを叱りながら見守るというのも、昭和の田舎感があっていいですよね。「絶対、この人、いいひとやん」と思っていたら、ラスト近くの展開で…。これは泣かされるやつ。

街のヤンキーたちの、さらに先輩ポジションの金山は、かつての自分の姿を竹ちゃんに見出していたのかもしれませんね。彼とユカさんの関係性も気になるなぁ。

興味深かったのは、登場人物の多くが、ちょっとした悪さというか、コンプライアンス的にNGなことをするところ。拾った100円玉をネコババ、自転車2人乗り、ミカン園の盗み食い、サザエの密漁、軽トラの荷台に人…。意識的に挿入しているように感じました。田舎特有のおおらかさもあるでしょう。道徳に正しいこと、法律を守ることよりも、もっと大切な経験や人間関係があるということを強調したいということなのでしょう。

すべてを説明しないところもよかったです。ヤンキーたちに絡まれる原因にもなったピンクの自転車は、きっと従姉の亜子のおさがりなのでしょう。久ちゃんの家庭も決して裕福なわけではなく、だからこそ、竹ちゃんに誘われるきっかけになった、あの件につながったのではないでしょうか。

全体的にいい話過ぎる感じがあるので、「いや、昭和だからって、田舎だからって、いいことばかりじゃなかったよ」という気持ちはあります。やはり、描かれていないこともあるでしょう。その後の竹ちゃんの兄弟がどうなったとか。それも、後の久田が、自分を後押ししてくれた思い出をもとに創作した作品なのだと思えば、それもアリなのかもしれません。

ただし、最初に竹ちゃんのことをバカにして、はやし立てていた、クラスメイトたちに、それなりのバチがあたるとか、竹ちゃんに謝る機会があるとか、そういうことでケリをつける場面があれば、完璧だったかなと思います。