映画「ベイビー・ブローカー」

 【社会全体が赤ちゃんポストだったら】

クリーニング店を営むサンヒョンは、教会施設で働くドンスと組んで、ベイビー・ボックス(赤ちゃんポスト)に置かれた赤ちゃんを横流しし、里親に売りつけるブローカーを裏稼業にして、借金を返していた。ある日、ベイビーボックスに赤ちゃんを置き去りにしたソンミは、思いを改め、翌日施設に取り戻しにいくが、その赤ちゃんがいないことが分かる。警察に連絡されると困る2人はソンミに事情を話し、一緒に里親探しの旅に出ることになる…という物語。

韓国映画に詳しくない私でも、見た顔ばかりが出てくるので、豪華なキャストであることはよく分かります。

原題は「BROKER」で、題字は刺繍を模したものでした。これは、サンヒョンがクリーニング屋であるということと、赤ちゃんのおくるみなどに名前を刺繍したりすることをイメージしているのでしょうか。サンヒョンは洗濯やアイロンがけだけでなく、ボタンを付け直すような針仕事も得意なようです。「赤ちゃんを捨てる」という社会の綻びを繕う。そんなことまでイメージを広げて見ていました。

雨の夜に階段を上って子どもを捨てに行く、高低差を活かしたオープニングは、「パラサイト」へのオマージュですよね。子どもを捨てる大きな理由は貧困であるので、同じ背景を持っているということ。

ブローカー2人組と母子、そして養護施設の少年ヘジンが加わって、里親探しの旅の中で、是枝監督お得意の「疑似家族」化していく御一行様。

里親探しの旅が始まると、ほとんどスヨンが赤ちゃんの世話をしないことが気になっていました。「どうせ里親に出すのだから、別れが辛くならないように、ウソンが自分に懐かないように、わざと母親らしいことはしないんだろう」と思いながら見ていました。どうやら私も女性に騙されるタイプのようです(笑)。

里親を探しながら、この疑似家族の誰もが「もう、ずっとこのままでいいのでは」と思っていたことでしょう。そして、そうはならないことを一番よく分かっていたのが、スヨンということですね。

とにかくウソン役の赤ちゃんの演技が奇跡的にハマっています。そこで髪触る! そこでその視線! そこで顔触る! そこで手を広げる! そこでその表情!といった名演技の連続。名優です。


この疑似家族の、最も幸せな一瞬が、洗車機のシーン。後のヘジンの気持ちが、よく分かります。

気になっていたのは、スジンとイの刑事2人が、ずっと現行犯逮捕にこだわっていたところ。セリフでも、現行犯じゃないとダメだと言っていたと思いますが、なぜなのでしょう? あと、警察の中での競争、縄張り意識や力関係的なものがあるような、ないような…。そのあたりはちょっと分かりづらかったように思えます。少なくとも、殺人容疑のかかった人物を囮にして人身売買の現場を押さえるというのは、リアリティに欠けていませんか。

刑事側の動きをもう少しサスペンス仕立てにできたような気がしますが、全体的には重いテーマを扱いながらもコメディで、ほのぼのしたような雰囲気でした。エンディングも、ちょっとぼやかしながら、希望のあるもの。特に、サンヒョンがどうなったのかはハッキリしません。でも、それでいいと思うのです。彼らが、ずっと家族である必要はありません。あの日あの時だけ、ウソンを支える家族だったということでも、十分です。

雨が降ってきたら傘をさすように、困っている母子がいれば誰かが手を差しのべ、捨てられた赤ちゃんがいれば誰かが救う。社会そのものが赤ちゃんポストであってほしいということなのではないでしょうか。

ところで、ソヨン役のIUがちょいちょい松岡茉優に見えるので、日本版キャストを考えてみました。

  • サンヒョン=ピエール滝
  • ドンス=松阪桃李
  • ソヨン=松岡茉優
  • スジン=市川実日子
  • イ=古川琴音

どうでしょう?