映画「X エックス」試写会

【命を失う恐怖、若さを失う恐怖】

filmarksさんの試写に当選して、一足早く鑑賞していましたが、上映を開始したようですので、このブログにも転載。パンフレットのデザインを担当した大島依提亜さんとSYOさんのトークショー付きです。

A24といえば、設立以来、良作を連発しているプロダクション。ホラーで言えば「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」ですね。「ヘレディタリー/継承」は、やたらと怖いという触れ込みでしたが、どちらかといえば禍々しさの方が勝っていました。「ミッドサマー」は周りにとってはホラーだけど、本人にとっては自己解放という、ひと捻りもふた捻りもあるホラーでした。しかし、本作は、予告編を見る限りは、かなりストレートなホラー作品のようだと思っていました。

1979年、ポルノ映画を撮影するために、テキサス州のとある田舎町にやってきた3組のカップル御一行。撮影現場兼滞在場所は老夫婦のハワードとパールが営む農場の離れ。しかし、この老夫婦の様子がどうもおかしい。そして、その日の夜にとうとう惨劇が…という話

タイトルの「X」ですが、チラシでは、秘密の「X」、エクスタシーの「X」、極限の「X」、未知数のXとなっています。宣伝では使えないでしょうが、ポルノ・18禁指定を表す「X」でもあり…という感じですね。

設定は「いかにも、お馬鹿ホラー」なのですが、興味深いのは、被害者側の6人が、ポルノの撮影隊とはいえ、ウェイウェイ・ヒューヒューとやってる馬鹿でもお調子ものではなく、ちゃんとした人たちだというところ。つまり、典型的なホラーの被害者ではないというところ。ざっくりいうと「いい奴」。これは、アフタートークでも触れられていました。

プロデューサーのウェインは、今後のホームビデオソフトの普及を見越して、このポルノを当てようとしていて、結構デキる人っぽい。プレイボーイではありますが、ポルノ映画を作るといっても、女性をモノ扱いするような輩ではありません。その彼女で、トップスターを夢見る新人女優マキシーンは、ドラッグの力を借りてはいますが、憑依型の演技の才能があるようです。

女優のボビー・リンは いかにもホラー映画で最初に殺されそうなブロンドの美女だけれど、演技派で、演出にも長けていて、歌もいける。徘徊するパールを気遣います。男優のジャクソンは、ベトナム戦争帰りの元海兵隊。ただチ〇コが大きいだけではなく、ギターも弾けるし、妻を探すハワードを助けようともします。2人とも、自由を愛し、性を愛する、いい人です。

大学で映画を学んでいるRJは、監督兼カメラマンで芸術肌。背徳的な芸術作品を作れるんだと、意気込んでいます。その彼女で録音担当のロレインは、生真面目で自由奔放なみんなにちょっと反発心もありますが、皆の取り組む姿勢を見て、徐々にその偏見を改めるようになります。最初は、この大人しいロレインが生き残って、ブチギレて覚醒し、反撃でもするのかな?と思って観ていましたが…。

…ということで、少なくも、御一行様は、映画に対しては真摯に取り組んでいて、かつ、性愛に対する古い意識を変えていこうといった信条も持っているようでした(この対比として、TVでキリスト教の説教が流されています)。

こんな若者たちを襲う老夫婦は、とんでもなくイカれた奴らなのかというと、確かに間違いなくイカれてはいるのですが、それだけではありません。足元も覚束ない老人が殺人鬼というのは、それだけでコメディであり、そのうえ、なんだか悲哀に満ちた2人なんですよね。ホラーとコメディとシリアスが同居しているような感じ。特に、暴走するパールに対して、ハワードは「やれやれ」といった感じで付き合っているようにも見えます(ロレインを守ろうとしたようにも見えます)。

きっと、ハワードも、自分の家に大勢の若者を受け入れて、次々と殺していきたいとは思っていなかったのでしょうね。なんなら相手をしてくれる男が1人いれば十分だと思っていたのではないでしょうか(だから、最初に「大勢来るとは聞いていない」と言っていたのかな)。

この作品には、命を失う恐怖とともに、若さを失うことへの恐怖が描かれています。戦争によって、思い描いていたダンサーとしての人生を送れなかったパール。戦争が終わっても、その失った時代は、二度と取り戻すことができません。もちろん、戦地に赴いていたハワードもそうでしょう。2人の老人はずっと立ち止まったまま、体だけは老いていったということなのでしょう。そして、失ったその若さを最大限謳歌しているのが、ポルノ撮影隊という対比ですね。

「悪魔のいけにえ」や「シャイニング」へのオマージュなども散りばめて、クラシックなホラーの枠組みを使いながら、キャラクターをステレオタイプからズラしてくるあたりが、上手いですね。結果的に、何だかワケの分からない妙な味わいになっています。ただ、前半は「少し長いかな」と感じました。ホラー映画のフォーマットなら、あと10分ぐらい短いぐらいが、ちょうどいいのではないでしょうか。

観ながら、「あれ? これはもしかして」と思いつつ、確信が持てなかったのですが、エンドロールを見て「!」となりました。やってくれましたね。これから見る方は、Wikipediaとか見ない方がいいと思います。エンドロールでハッキリすることが、さらっと書かれていたりしますから。

アフタートークで補足されたのですが、本作は3部作になるのだそうです。A24作品としては初のシリーズ作品ですよね。しかも、2作目は今作の前日譚とのこと。つまり、老夫婦側の話ってことですよね。面白いことになりそうです。

さらに、3作品目は後日譚になるのでしょうか。彼らが撮っていた映画がどうにかなるのか。ずっとテレビから流れていたキリスト教の説教の人も絡んでくるのか。オチのひと言を放った保安官が絡んでくるのか。楽しみです。

あと、何が驚くって、7/8公開の映画のパンフレットの校了が、試写会当日の6/28だったというところ。かなりギリギリなんですね…(アフタートークより)