試写会「サイダーのように言葉が湧き上がる」

【80年代をリミックス、懐古ではなく今を見せること】

filmarksさんの試写に当選して、松竹試写室でひと足お先に鑑賞。気づいたら上映が始まっていたので、こちらに感想を。

ずいぶん前に劇場で予告編を見て、「ほー、俳句を扱った青春恋愛モノか…。お、よく考えたら、タイトルが5・7・5やん!」と、時間差で攻撃されて気になっていた作品。上映が1年以上延期になっていたんですね。配給側としては、やはり夏に上映したかったのでしょう。

後から知ったのですが、タイトルも含め、作品内に出てくる俳句は、実際に高校生が詠んだものとのこと。「上手過ぎない」というと、ちょっと失礼かもしれませんが、「フライングめく」なんて表現は、なかなか出てこないですよね。

さらに、映像表現も、懐かしさを感じるんですよね。人物は今風なんだと思いますが、背景の作風が、ラジオ誌「FMステーション」や英語の教科書「NEW HORIZON」の鈴木英人を思わせます。連続的なグラデーションではなく、実線で面を分けて、ぬり絵のように単色で描き分けるところは、完全に鈴木英人(よりカラフルで、色合いも濃くなっていますが)。これも、懐かしさを感じさせます。

↓山下達郎も鈴木英人でした。

↑サントラのジャケットも、色遣いは今っぽいですが、懐かしい雰囲気です。

エンディングで流れる主題歌も。never young beachは、シティポップスにカテゴライズされるのでしょうが、フォークソングや歌謡曲の要素が含まれていますよね。ここで、山下達郎が流れたら、おじさん大喝采なのでしょうが、そうでないところに意味がありあそうです。

俳句とライブ配信、レコードプレイヤーとBluetoothスピーカー、夏祭りと巨大ショッピングモール、懐かしさを取り入れながら、懐古ではなく、今を見せることに、徹底的にこだわっているのだろうと思います。

コミュニケーションが苦手で、いつもヘッドフォンで外界を遮断しながら、自作の俳句をSNSに投稿し続けるチェリー。矯正中の大きな前歯を見られるのが嫌で、マスクを外せない生配信主のスマイル。ショッピングモールで出会った2人が、SNSを通じて心を通わせ、老人フジヤマの思い出のレコードを一緒に探すことで、思いを深めていくが…という物語。

いやぁ、スマイルと出会ったら、途端に読む俳句が恋愛モードになっていて、「チェリー、お前、分かりやすいぞ」と微笑ましくなります。チェリーが一目惚れするのは、無理からぬこと。自分の句を「かわいい」と、思いもしなかった表現で認めてくれたのですから。扉を開いてくれた存在です。

ただ、スマイルは、なぜチェリーにひかれたのか。ここは、もう少しトリガーとなるような場面があっても、よかったかもしれません。初対面では、一番見られたくない口元を見られ、しかも確認するように「矯正器」と口に出されてしまったのですから、最悪です(チェリーは「きょ・う・せ・い・き…、あ、5音だな」程度の認識だったと思いますが)。そこからの、変化がいまいち見えづらかったです。

最初、チェリーは「俳句は文字の芸術なのに、声に出して読むなんて」といったことを言っていました。でも、フジヤマさんの思い出のレコードを探す過程で、声で伝わるものがあること、声で伝えることの大切さを認識したのでしょう。

「言葉の芸術」なんですよね。声に出すだけでなく、それを聞いた人の反応を見たり、感想を聞くことも俳句の一部だったりするのではないかともいます。決して、1人で完結するものではない。この夏の経験を通して、チェリーの俳句はきっと豊かになったことでしょう。

ラストの展開は、まぁ、エモーショナル。もう、5・7・5っていうだけで、俳句という枠をこえて、感情があふれ出していました(季重なりもあったり…)。

もう、タイトルそのまま、瑞々しくて、小さな泡がたくさん弾けて、ちょっと刺激があって、甘酸っぱくて、爽やかな映画でした。さらに、若者だけでなく、おじさん世代もどこか懐かしさを感じるさせるところも、まさに「サイダー」で、秀逸なタイトルです。

蛇足ですが、レコードのプレス工場って、跡地がショッピングモールになるほど大きな敷地なんですかね。よく紡績工場の跡地がショッピングモールになっていたりしますが、田園風景の中、でーんとプレス工場があるって、あまり想像できないのだけど…と、どうでもいい疑問が残っています。