映画「TENET」

 【映画館に逆行せよ】

長い間、さんざん予告映像を観てきましたが、「どうやら一部の時間が逆行しているらしい」以外に、どんなジャンルの映画なのかもよく分かりませんでした。せっかくなので、情報が入らないうちに観てきましたよ。あまりプレミアムシアターは使わないのですが、今回は、Dolby CInema上映館で観ました。なぜ、IMAXじゃないのか。単に私がSMTメンバーであるというだけの理由です。

未来の科学者が、世界を一瞬で消滅させる力を持つ「アルゴリズム」を開発し、それを分解し過去に隠した。アルゴリズムの存在を知ったロシアの武器商人セイターは、これを完成させようとしている。謎の組織TENETに選ばれた主人公は、時間を逆行する回転ドアを利用して、過去に逆行し、その企みを阻止しようとする…という話。

まずは、単に時間が逆行している世界というだけでなく、順行と逆行が共存しているんですね…と書いても何のことやら分からないと思います。当然です、観ていても分からないのですから。 ただ、時間の逆行と順行といえば、思い出すのはノーラン監督の出世作「メメント」です。「メメント」は映画の見せ方として、ある事件をゴールに、現在から遡る逆行と、はるか昔からその事件に至る順行のシーンを並行させて見せていましたが、本作では映画の中の世界そのものが逆行と順行を共存させています。思えば、ノーラン監督は、「インセプション」「インターステラー」「ダンケルク」と、ずっと「時間」にこだわっていますね。

時間が逆行するといっても、タイムトラベルが出来るわけではありません。回転トビラをくぐると、その人物だけが逆行する。つまり、今まで生きてきた時間を後戻りすることになるのです。だから、1時間前の世界に行くためには、1時間かかるのです。回転ドアから逆行の世界に出てくると、反対側には、先ほど回転ドアに入ろうとした自分が、後ろ向きに出てくることになります。ほらね、分からないでしょ。

一応、ジャンルとしてはスパイアクションですね。「インセプション」がコンゲームに「夢操作」というSF要素を組み込んだものとすれば、本作はスパイアクションに「時間を逆行」というSF要素を組み込んだものです。

ロシアの悪徳商人、長身美人女性、身なりに厳しい英国紳士、合言葉、海、ボート、ヨット、クルマ、第三次世界大戦、潜入のための秘密道具、古式ゆかしきスパイアクション要素が、たくさん散りばめられています。スマホやGPSのような現代的なツール類ももちろん登場するのですが、全体の雰囲気はかつての「007」のようなクラシックな世界観だと感じました。

そういう意味では、ドラマはいたってシンプル。ただ「時間逆行」が、とにかく話をややこしくさせています。

最初の方で、「理解しようとするな、感じろ」と、まるでブルース・リーのようなセリフがありますが、確かに、まずはあまり深いことを考えずに、「へぇー、時間逆行かぁ。こんな感じになるんだね。面白いねぇ」と目の前にあるものをそのまま楽しんだ方がいいと思います。「無知は最大の武器」というセリフもあります。人は何も知らない状態には戻れないので、無知を楽しめるのは初回だけ。まずは、真っ白の状態で見るのが正解でしょう。

本作では、回転ドアの部屋の色や、クライマックスの特殊部隊のワッペンなど、順行が「赤」、逆行が「青」で色分けされています。実は、オープニングでワーナーブラザーズのエンブレムが赤、エンディングでは青で表現されていました。つまり、まずは順行でそのまま見て、観終わった後で、時間を逆行するように振り返ってみましょうというメッセージなのだと思います。 

そして、本作の主人公には名前がありません。「protagonist」と表現されています。日本語公式では「名もなき男」と訳されていますが、直訳は「主人公」です。これは、観客に、RPGのように主人公の立場で、この世界を体験してほしいということでしょう。また、別の意味では「主義・思想の主唱者・指導者」という意味もあるそうです。「TENET」には「主義・信条」といった意味がありますから、なるほどねぇって感じです。

予告にも出てきた、旅客機の事故シーンは、実物の旅客機そのものよりも、地上の自動車が次々に潰されていくところに、起きていることのリアリティを感じます。ここをしっかりと映しているところが、さすがだと感じます。また、エージェント同士が、バスの中で作戦を議論したりするのですが、「え? そんなところで、しゃべっていいの?」って思ってしまいますが、メールなどで記録を残すと、後の世に残ってしまって先回りされる可能性があるから、口頭のほうが安全ってことなんですよね。こういうところは「ほほぅ」って思っちゃいます。

アクションは、確かに順行と逆行が同じ世界にあるとどうなるのかという点で、面白みはあるのですが、それがカッコいいかというと…。クライマックスの攻防戦では、相手側の姿がほぼ出てこないので、いったい何と戦っているのか、いまいち盛り上がりませんでした。それでも、破壊と再生が集中するビル、逆行に巻き込まれる順行の兵士など、「おぉっ」と声が出そうになるシーンは、ちゃんとあります。

また、プロットありきで人物が配置されているためでしょうが、登場人物がストーリーを進めるための駒になりがちで、その行動動機がよく分からないという点も散見されます。セイターの妻は2度ほど、「え? そこで!」というタイミングでやらかしてくれます。それで物語の緊張が増すわけですが、人の行動としては「なぜ、そこで?」「そんなに思慮が浅いの?」ということになってしまいます。

そういうところも含めて、とてもノーラン的な作品ではあります。

さらに、作品の中では語られていないことも、たくさんありそうです。パンフレットの中でも触れられていましたが、私も、最初に観たときに「あれ? もしかして…」と、主人公の相棒であるニールの正体について、ある仮説が思い浮かびました。2回目に観たときに何か証拠となるものが映っていないか注意していましたが、恐らくないですね。これは、監督のちょっとしたお遊びかもしれません。インセプションのラストのコマみたいなものですね。

そして、アルゴリズムを開発した未来の科学者も気になりますよね。開発したら、世界を滅亡させることができると分かっていたであろうに、開発してしまうのは、科学者ゆえの業のようなものでしょうか。しかし、彼は、自力で開発したのでしょうか。もしかしたら、分解されたアルゴリズムの1つを発見し、そこから開発したのかもしれません。だとすると、自分で開発したものを分解して過去に隠し、それを自分で発見して、また全体を開発するというループ構造になってしまいますね。

あえて、触れられていなかったのは、逆行中の食事シーンでしょう。口をもぐもぐしながら、どんどん食べ物を吐き出すことになるのでしょうか? でも、それだとお腹が満たされなし、栄養にもならないですよ。そして排泄…(以下自粛)。

冗談はともかく、大前提として気になったのが、「その後の世界が続いていたということは、そもそも、あの時点でアルゴリズムは起動しないということではないか」ということ。つまり、何のために必死になっているのか?ということになります。これは、何もせずにアルゴリズムの起動を防ぐことができるわけではなく、その辻褄あわせのために、命を懸けて作戦を実行しないといけないのだと理解することにしました。

これも初見で気になったのですが、「でも、順行のキャットがいるわけで、一度逆行したキャットは息子とは暮らせないよね」ということ。これは、後に順行のキャットが、主人公たちに巻き込まれて逆行を始めたときに、それまで隠れて生活してきた逆行のキャットが入れ替わるということなのか、と理解しました。 

ニールの動きに関しては、行ったり来たりしていはずで、タイムラインを書いていけば、分かりそうですが、あまり深く考えすぎない方がいいだろうということで、諦めました。

私は、あまり情報を入れずに1回目を観て、そこからいろいろ考えたうえで、2回目を観て、確認できるところは確認しました。たぶん、半分くらいは理解しているのだろうと思います。思いたいです。

そのうえで、よくよく考えると、本作の最大のメッセージは、ドラマの中にあるわけではなく、コロナ禍で映画館から離れてしまった人々に対して「映画館に逆行せよ」と、これに尽きるのではないでしょうか。その価値はある映画だと思いますよ。