映画「WAVES/ウェイブス」

【良い波と悪い波の対称性、表裏一体のドラマ】

先日、見た「ルース・エドガー」が思いのほかよかったので、ケルヴィン・ハリソン・Jrが主演している本作も見てみました。

TBSラジオ「アフター6ジャンクション」で高橋芳明さんが紹介されていましたが、そもそも音楽に疎いので、「プレイリスト・ムービー」という点は、あまり気にしてはいません。なんとなく「ベイビー・ドライバー」みたいなのを想像していましたが、アプローチは異なっていました。感情表現としての楽曲というところでしょうか。普通の映画だと、映画のイメージにあったサウンドトラックになるので、楽曲のジャンルはある程度揃っているものですが、この作品はバラエティに富んでいます。なんとなく「トレイン・スポッティング」を思い出していました。「同時代性」が重視されているということですね。

ただ、MVをつなげたようなオシャレでノリノリの映画を期待している人がいたら、「え?」となるような重めの展開です。いや、確かに冒頭は、まさに「いい波のってんねぇ」ともいえる、順風満帆な展開なのですが、徐々に不穏な感じになっていきます。

高校レスリング部のエリート選手のタイラーは、家庭にも恵まれていて、恋人もいて、充実した生活を送っていたが、肩の負傷による選手生命の危機、そして恋人の妊娠が重なり、徐々に精神的に追い詰められ、ついに決定的な事件が起きて…という話。

ただし、これは前半部分の話。「ルース・エドガー」の後だったので、完全にケルヴィン・ハリソン・Jrひとりが主役だと思い込んで見ていたら、大きく2幕に分かれていて、タイラーはある事情から前半で退場し、後半は主役が変わっていきます。

前半が、人生の絶頂期からの転落、後半がどん底からの再生ということですね。タイトルどおり大きな波のうねりのようです。

クルマからのりだして顔を出す、水辺で抱き合う、一緒に風呂に入る…など、前半と後半で対になるシーンが、いくつか用意されています。同じ曲が使われているところもあったように思います。さらに、画面の比率が、順調な時期とどん底の時期で変化します。物語の中心になるカップルは、前半は黒人男性と白人女性、後半は黒人女性と白人男性ですね。さらに、前半も後半も、父親と息子の関係性の物語でもあります。こういうのは面白いですね。良い波と悪い波の対称性、あるいは表裏一体だということなのでしょう。 

「WAVES/ウェイブス」のタイトルは、音楽の波と、いい時もあれば悪い時もある人生の波のことを表しているのだと思いますが、もう1つ、LoveもHateも波のように伝わっていくという意味もあるのかな、と感じました。自分が受けるのが悪い波であったとしても、その波を他者にそのまま伝えるのではなく、せめて良い波に変えて伝えていきたいと感じさせてくれます。

もう1点、タイラーの、あの精神的に不安定な状況というのは、肩の鎮痛薬として使っていたオピオイドの過剰摂取の影響でもあるんですよね。そのあたりが、楽曲だけでなく、2010年代のアメリカを象徴していますね。