映画「スキャンダル」

FOXニュースの女性キャスターが同社CEOのロジャー・エイルズをセクハラで提訴したという実際に2016年に起こった事実をもとにした物語。撮影・上映までに何年も何年もかかるような作品がたくさんあるなかで、このスピード感がすごいですね。映画界としてはワインスタインの事件があって、#MeToo運動に広がって、「今、作品にしなければ」ということなのでしょう。

私たちにとっては、あまり馴染みのないアメリカのメディア業界の話ですので、最初は登場人物の誰が誰と何をしているのか、人間関係がどうなっているのかなどを把握するのに、時間がかかってしまいました。冒頭、役柄を超えて、私たちに向かって、いろいろと説明してくれるのですが、まったく理解が追いつきません。

メーガン・ケリーとドナルド・トランプとのやりあいも、「あれ? FOXニュースって、トランプべったりなんじゃなかったっけ?」と少々困惑。この時期は、ゴリゴリ保守派のFOXニュースとしても、共和党の外の人間であるトランプに対しては否定的だったということですね。実際にFOXニュースとトランプの蜜月関係が築かれるのは、ロジャーがFOXニュースを去ってからの話。そのことも、作品内でさらっと示唆されていました。メディア王と不動産王で、気が合ったんでしょうね。20世紀FOXを傘下に収めたディズニーが、「FOX」の名を避けたくなるのも当然ですね。

それはともかく…

ベテランキャスターのグレッチェン・カールソンが裁判を起こしたところで、「私も…」「私も…」と次々に手が挙がって、寄ってたかってエロ親父をとことん追い詰める…という流れに発展しないのが、物語のポイントです。

予告編を見ていると、3人の主演級女優が、お互いの仕事とプライドを賭けて火花を散らすのか、あるいは手を取り合って共闘するのか…といった展開を予想していましたが、実際のところは、1つのカットに収まることもごくごくわずか(だからこそ、一緒になる場面でのセリフや表情の演技が際立つのですが)。

ボスに失脚されると自分の仕事が確実になくなる人もいれば、セクハラ被害を公にすると非難や好奇の目が集まることを心配する人もいます。「カラダを使ってポストを得たの?」とか「自分も、そのつもりだったんじゃないの?」「ちょっと自意識過剰なんじゃない?」とか、被害者なのに責められる可能性もあります。日本でも、そんな状況はありますよね。

おそらく、ロジャーたちは、その状況を分かった上で「訴えるようなバカなヤツはいない」と高をくくっていたのでしょう。アプローチの仕方も「忠誠心を見せろ」とは言っても、具体的な指示や命令を下すわけではありません。単に「感覚が古い、無自覚なエロ親父」ではなく、「ここまでは大丈夫だろう」と判断した上で、ことに及んでいる分、卑劣です。

基本的には、1人ひとりの葛藤と決断と行動の物語です。主人公3人は、キャスターをつとめるぐらいですから、才能もあるし、知識もあるし、野心もあるし、行動力もある。そんな彼女たちでさえ、告発を逡巡するような困難な問題です。「女性の尊厳のために」といった拡大した自意識ではなく、自分がどうなのかという問いに対して、一人ひとりが答えを出していくということなのでしょう。そういう意味では、3人以外の描かれなかった20名ほどの女性たちの物語の方が大切なのかもしれません。 

ところで、この作品の原題は「Bombshell」。「爆弾」という意味以外に「衝撃的なニュース」、また俗語として「魅力的でセクシーな女性」という意味もあるそうです。俗っぽくいうと「エロさ大爆発」というところでしょうか。「そういう視線で見てたよね」という皮肉も込められていて、いいタイトルです。邦題の「スキャンダル」はありきたりだし、さらにポスターでは原題でもないのに「SCANDAL」と併記するのはどういうセンスなのかな?と思います。