映画「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

著名なミステリー作家ハーマン・スロンビーが、邸宅で開かれた自身の誕生日パーティーの夜に自室で首にナイフの傷を負い死亡。自殺かと思われたが、正体不明の人物からの依頼を受けた名探偵ブノア・ブランが捜査に加わって、関係者全員から話を聞いていくと遺族それぞれの事情が明かされていって…という、アガサ・クリスティー風味のミステリー。

本格ミステリーというよりも、コミカルなミステリーです。なんといっても、ハーマンの看護師マルタは、嘘をつくと吐いてしまうという器用な体質の持ち主なのです。もちろん、その体質が、ギャグとしても、ドラマの展開にも、存分に活かされています。

ブラン「そろそろ、本当のことをゲロッちまったらどうだい?」
マルタ「私がやりました…う…げ…っ、げろーーーー」
ブラン「え? うわっ! 吐いたけど、吐いたってことは、やってないってことかー。そりゃぁ、ないぶず・嘔吐(泣)」

みたいなシーンを想像してしまいました(もちろん、実際にはそんな場面はありません)

それはともかく…

最初の家族への質問で、ブランは全員が全員嘘を言っていることを見破っていくのですが、どうやって嘘に気付いたのかがいまいち分かりません。ホームズなら、細かく観察した根拠をいちいち示していくところですが、それがないので、この探偵は大丈夫なのか?とちょっと思ってしまいます。

そして、ハーマンがどうやって死に至ったかが、我々には早々に示されるので、ここから探偵が犯人にたどり着く過程を楽しむ倒叙ミステリーかと思いきや、意外な方向に話が転がっていきます。まあ、当然、捻ってきますよね。最後、結局、真犯人が自白してしまうのは、ちょっと…と思いましたが。

どうも、最初の質問のところでの推理に不安があるので、ブランが真相に近づいているのかどうか、こちらはイマイチ分かりません。分からないのですが、彼なりにパズルのピースをハメ込んでいったということでしょうね。ちゃんと、最後には、彼が細かく観察していたことも分かります。登場シーンこそ、ピアノやコインでキメキメに格好良くて、ほぼジェームズ・ボンドでしたが、どこか飄々としていて、面白いキャラクターでした。007を降りても、こちらでシリーズ化できそうです。

そんなコミカルな雰囲気ですが、強烈な皮肉も織り交ぜられています。スロンビー家の面々は、ウルグアイ系移民であるマルタを徹底的に見下しています。南部訛りのブランに対しても「KFC」と蔑んでみています。政治の話が好きなのですが、露骨に差別的です。口では「あなたも家族」と言っておきながら、そもそも、ハーマンの葬儀にマルタを招いていません。それでいて「移民にも優しい私たち、素敵」と酔っているように見えます。

そんな状態だから、遺書の内容が公表されると本性をむき出しにしてきます。ランサムは、屋敷のことを「先祖代々の屋敷」だと言い張りますが、歴史の浅いアメリカにそんなものがあるはずもなく、ハーマンが購入した邸宅です。先住民を追い出して建国し、奴隷として勝手に黒人を連れてきて搾取して、やがて非白人が増えて自分たちが少数派になってくると、今度はとたんに被害者面して排除しようとする。ハーマンの富にすがることしか考えていないスロンビー家の面々と、自分が不利な立場になることも厭わず人の命を助けようとするマルタ、どちらがアメリカという家の主にふさわしいのかってことでしょう。

冒頭で、クラシカルな暮らし向きには不似合いなマグカップが印象的に描写されるのですが、これが、エンディングにも登場して、なかなか粋な演出でした。Amazonで検索してみると、同じようなカップがいくつも出てきました。アメリカでは一般的なフレーズなんでしょうね。ちょっと欲しくなります。