映画「アイリッシュマン」

「ゴッドファーザー」や「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」などの過去のマフィア映画の名作や、スコセッシ自身の「カジノ」や「グッド・フェローズ」などを踏まえた、ある意味集大成的な作品ですね。

後半、主人公シーランが自分の棺桶を選び、墓地を予約し、いわゆる就活をするシーンがありますが、失礼ながら、ある意味、この映画自体が監督にとっても、メインキャストにとっても、就活みたいなものなのかなぁと思ってしまいます。

原作となったドキュメンタリー書籍「I Heard You Paint House」。「あんたが家のペンキ塗りをしているって聞いたんだが…」ってことですが、ここでの「ペンキ塗り」は、邪魔なものを上塗りして消してしまう、いわゆる「汚れ仕事」ってことですね。マフィアから雇われて殺しを請け負ってきた男の半生を描いています。 

始まってすぐは、やたらとおじさんばかりが出てくるわ、複数の時間軸があるわで、「いったい誰が誰やら」という感じで見ていました。

基本的には以下の3つの時間軸が流れていきます。

1.老人養護施設で過去を語る年老いた主人公シーラン
2.ホッファ失踪の前後に、友人の結婚式にクルマで向かうラッセル夫婦とシーラン夫婦
3.運転手から殺し屋になり、マフィアやホッファとの関係性を築き、2の事件にに至るまでのシーラン 

映画としては、ずっと1のシーランの回想として進んでいきます。ということは、各シーンで流れるモノローグは「今その時の感情」というよりは、過去を振り返って「あの時こうだった」というスタンスで語られているということになります。

最初の方で、シーランに仕事を頼みにきた男の様子を「『少し心配』という奴はかなり心配している。『かなり心配』という奴は必死」とモノローグで語りますが、これがずっと後のシーラン自身の状況を踏まえたモノローグであるあたり、ニヤリとさせてくれます。そう、あの時のシーランは、必死だったのだ、と。

マフィア映画といっても、壮絶なドンパチがあるわけでも、FBIとの丁々発止があるわけでもありません。老人の回想だからなのか、終始ゆったりと物語が進んでいきます。CGにより、若い頃も本人が演じていますが、若返っているのは顔だけで、お腹はでっぷりとしていたりして、「それ30代の動きか?」「そこは加工しないの?」と思ってしまいます。

シーラン自身はマフィアではなく、その下請けをする殺し屋。タイトルの「アイリッシュマン」の通り、イタリア人ではないので、ファミリーの一員ではありません。自分の知らないところで議論や交渉が進み、判断が下され、自分は指示された通り動くだけ。さらに、どんなに忠告をしても、ホッファは彼の意見を聞き入れることもありません。ツインの部屋に泊まるぐらい近い関係性に見えていたのですが、それは、身を守るための用心棒の仕事の一つというだけだったのかもしれません。そして、本当の家族にも拒絶されてしまいます。

正直言って「みじめ」です。そう、アウトローの世界なんて、カッコよく見えるかもしれないけど、それは映画の中で楽しめるように作ってるから、そう見えるだけで、組織の末端なんてサラリーマンの悲哀とどれほども違わないというか、置かれた状況はもっと悲惨だよってことでしょうね。

そんな感じでも、長尺でも退屈しないのはさすがですよね。昼食を食べてすぐという、かなり危険な時間帯ではありましたが、あくび1つでることはありませんでした(尿意とは戦ったけど)。