映画「THE BATMAN―ザ・バットマンー」

【コウモリというより「引きこもり」の闇から光へ】

予告を見ると、かなりダークな雰囲気。バットマンの実写映画は、ティム・バートン監督から見ていますが、新しくなるたびに、どんどんダークかつシリアスになってきましたね。

雰囲気だけでなく、画面もダークそうなので、黒をハッキリと表現できるドルビーシネマがいいだろうということで、丸の内ピカデリーで観てきました。そして、思った以上に「黒」でした。降り続く雨の夜、連続殺人、ドラッグ、ギャング、役人の腐敗、謎の女性…、クライムサスペンスであり、いわゆるノワール映画ですね。

資産家の両親を殺害されたブルース・ウェインは、「バットマン」として、ゴッサム・シティの悪党を成敗しはじめて2年が過ぎた。その頃、現場に必ず“なぞなぞ”を残す連続殺人事件が発生。ゴードン警部補と連携し、犯人を追うバットマンだが、その先にあったものはゴッサムシティの権力者たちの腐敗であり、それはブルース自身にもつながって…という物語。

ということで、ミステリー要素が強いので、あまり詳しく内容には触れられません。

今回のブルース・ウェインは、まだビジランテとしての活動を初めて2年ほどとのこと。「バットマン・ビギンズ」のようにバットマンを始める物語でもなく、闇のヒーローとして定着しているわけでもない微妙な時期。サラリーマンでいうと、「これは私がやりたかったことなのか?」とか「思うようにことが進まない」とか「ココじゃダメだ」とか思い始める頃です。

やはり、ブルースも、父親から引き継いだウェイン産業の事業に、まったく身が入っていないようです。ほぼアルフレッド任せになっていて、そのことが後の展開にもつながっています。バットマンの活動も、どうもスッキリとしていない。終始うつむき加減。疲弊している。とりあえず、両親のこともあって、ゴッサム・シティの悪党どもを懲らしめているものの、そのことに対して明確な意義を見いだせていない。下手をすると、両親を殺された憂さ晴らしに、その辺のゴミ屑どもをぶっ叩いているだけのようにも見えます。自分が助けた人にさえ、怖がられてしまいます。やっていることは「正義」なのでしょうが、そこから生まれるものは「恐怖」という状態。

そこで、今回のメイン・ヴィランである、リドラーの存在です。彼は、ただのサイコパスや、劇場型犯罪の愉快犯ではありません。彼のやっていることは、一見、正義のようにも見えます。ゴッサム・シティの役人たちの腐敗を暴いて天誅を下そうというものですから。小悪党を懲らしめているバットマンよりむしろ、リドラーの方が大きな悪に立ち向かっているように見えるのです。でも、それは正義のためではなく、彼の個人的な復讐のためだということが分かります。

「正義って何?」「正しい行為って何だろう?」ということです。

面白いのは、リドラーが「バットマンと手を組みたい」と望んでいるところ。実際、リドラーの犯罪現場に残された謎をバットマンが解いていくことで、彼の犯罪計画が進んでいきます。彼は、バットマンの明晰な頭脳と行動力を信頼しているんですね。彼なら、その正義感を発揮して、やってくれるだろう、と。

ただ、彼の最後の標的は…というところからがクライマックスに突入です。

ブルースは、復讐からは何も生まれないことを理解して、闇の中で輝く光であろうと決意したということでしょう。闇の中で悪党を潰していっても闇は闇。闇の中で人々を照らす光にならなければ、ということではないでしょうか。発煙筒の光は、そういうことだと思います。

キャットウーマンとの関係性も気になるところ。最初は、バットマンも「自分が守る! 言うことを聞け!」という感じでしたが、最後には「彼女には彼女のやり方がある」と認めたようなところもあります。そこでも、ブルースは成長したようです。今後の作品では、2人は付かず離れずのパートナーになっていくのでしょうか。ゾーイ・クラヴィッツのキャットウーマンはなかなか素敵だったので、もうちょっとカッコいいコスチュームと活躍の場があっても良かったかなと思います。特にクライマックスは、まさに猫が活躍して然るべき場所なのですから。さらに、ノワール映画であることを強調するなら、ファム・ファタル的な立ち回りでバットマンを振り回してほしかったところです。

また、ドルビーシネマで見てよかったと思うのは、バットモービル。今回のバットモービルは、これまでのキャラクター性が強いものでも、戦車のようなものでもなく、市販車に近いデザイン。このバットモービルの轟音が、床やシートから地鳴りのようにドドドドドと響いてくるのは、ドルビーアトモスならではでしょう。ただ、このシーン、ストーリー上はあまり意味がなくて、見せ場のために取ってつけたアクションなんですよね。そこは残念。

あと引っかかるのは、リドラーの出すナゾナゾ。答えを聞いても、「ふーん」としか言いようがない。少なくとも、観客も一緒に考えるタイプのものではない。これに対してスッと解答してしまうバットマンは、やはり彼とは鏡面の関係で、思考が似ているのかもしれませんね。