映画「スパイの妻 劇場版」

【夫大好き奥さんの異常な愛情】

太平洋戦争開戦前夜、貿易会社を営む夫・優作は、満州出張時に日本による非人道的な行為を知る。彼は、その事実を国際世論に訴えようとするが、それは国に対する反逆行為。妻・聡子は、夫の不審な動きを心配するものの、自分自身もその国家機密を知ってしまい…という物語。

夫が満州から戻ってきてからなんだかおかしい、裏で何かコソコソしている、浮気をしている? …という感じで、妻を主人公として、夫の秘密を探っていくサスペンスものなのかと思って見ていました。

しかし、案外早いタイミングで、秘密の真相が明らかになります。

さらに、夫の秘密を知ってからは、夫を犯罪者にしないために思いとどまるように働きかけるのか、それとも愛する夫が志を貫くよう支える(つまりは、国を裏切る)のか、その二者択一で悩むのかと思っていましたが、それも、あっさりと方向が決まります。

ここからは、「この奥さん、相当ヤバいのでは」と思い始めます。

え? そんなにあっさりと、夫のために捨て石にしてしまうの? ひどくない? …という感じ。

後に彼女は、「私は、狂っていない。でも、それが狂っているということになるのでしょう、この国では」といった言葉を発します。社会と個人、あるいは対立と共存といった、普遍的なテーマが浮かび上がります。

でも、彼女は、確かに狂っているのだと、私は思います。しかし、それは「夫に狂っている」ということ。大好きな夫の大志を実現させるためには、いかなる犠牲も厭わない。その厭わなさ加減が常軌を逸しているということなのでしょう。

そして、夫も夫で相当ヤバい。というより、つかめない。多くは語られませんが、若い頃に水夫をやっていて、その経験が国という枠を超えたグローバルな視点を持つに至っていることはよく理解できますし、あるいは密航の手配なんかも出来てしまうことにもつながっています。商売に成功しているだけあって、山師みたいなところもあって、満州行きもそういう野望もあってのこと。一方で、自分の妻を主演に映画を撮って、会社の忘年会で上映してしまうような、変わり者。エピローグとして語られたその後でも、妻を愛していたのか、パートナーとして信頼していたのか、本当のところは分かりません。その両方なのだとは思いますが。その分からなさ度合いが、度を超しています。

あの場面で、憲兵が来たところで、優作の意図には気づきました。妻のギリギリの安全を確保しながら、彼女を囮として自分の野望を遂げようとする。聡子でなくても「お見事」と言いたくなります。そのことを、すべて理解してしまう聡子も、それはそれでお見事です。

高いレベルでどうかしている夫婦の、愛情をこめた化かし合いのようでした。

気になったのは、2人に対する憲兵の監視が、都合のいいときだけ緩くなるといいうこと。自分に課せられた正義のために、あっさりと情を捨て去る分隊長は東出昌大にはぴったりの役でしたが、「仕事が甘いぞ」とは思いました。