映画「幸せへのまわり道」

【観るセラピー】

イオンシネマの1DAYフリーパスポートで見放題の最後の1本。

ロイドは腕利きの雑誌記者だが、気が荒くトラブルメーカー。干されるような形で、子ども番組の司会者として大人気のフレッド・ロジャースを取材することになる。フレッドはロイドが問題を抱えていることを察し、交流する中で、ロイドは断絶状態だった父親と向き合い始める…という物語。

まったくノーマークだったのですが、この作品で、トム・ハンクスがアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていたのですね。トム・ハンクスが主演ではないのですが、彼が演じるフレッド・ロジャースを中心に描いた映画であることは間違いありません。

フレッドは子ども番組の司会者ということで、劇中も非常に分かりやすい英語で話されますので、セリフも結構聞き取れました。言葉だけでなく、表情や仕草など、非常に抑制のきいた人物のようです。彼のセリフの1つひとつが、まるで格言・金言のように聞こえる、とても出来た人物のようです。

この映画を観るまで、彼のことも彼の番組のことも知りませんでしたが、子どもに人気なだけでなく、彼の番組を見て育った幅広い層に愛されていることが、電車のシーンでよく分かります。彼は「Living Saint」と呼ばれ、聖人君子として見られています。

ロイドは、そんなフレッドに対しても、ちょっと意地悪な、斜めから切り込むような質問を投げかけます。そうやって、ちょっと怒らせてでも、本音を引き出し、他の人では書けない側面を明らかにしていくのが、彼のやり方なのでしょうね。そんなロイドの質問にも、フレッドは、決して腹を立てることもなく、いかにもフレッドらしい応答でいなしていきます。

ここまで見事だと、ロイドだけでなく、私たちも「本当にいい人なのだろか?」と、斜めから見たくなります。フレッド自身も、自分は聖人君子ではないと言っています。

実は、感情を表に出さないということでは、フレッドとロイドは共通しているのだと思います。フレッドは、感情をコントロール、マネジメントしています。水泳のシーンやピアノの低音部分をじゃかじゃかと弾くシーンを見ていると、フレッドも負の感情と無縁ではないことがよく分かります。一方、ロイドはただ感情を抑えるだけ。悩みをさらけ出すことは、弱いことであるという思いがあるのかもしれません。抑えるだけだから、どこかで爆発してしまうのでしょう。 

ただ、フレッドはロイドに対して、「父親との関係を、ああやって、こうやりなさい」といった具体的な解決策を提示するわけではありません。あくまでも、感情をマネジメントすることを促すだけです。しかし、その結果、ロイドが父親に対する感情をほぐすことに向かうというのが面白いところです。

そして、1分間の沈黙のシーンでは、まるで私たち観客もセラピーを施されているような感覚にもなってしまいます。 オープニングは、フレッドの子ども番組「Mister Rogers’ Neighborhood」の再現で始まり、ところどころ、ジオラマを使った街のシーンが挟み込まれることを踏まえると、本作自体が、大人向けの子ども番組、大人向けの「Mister Rogers’ Neighborhood」ということなのかもしれませんね。